最新の結果 (対 ナショナルズ)
9月28日:現地時間
| 打 数 |
安 打 |
打 点 |
盗 塁 |
四 球 |
三 振 |
本 塁 打 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 5 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
今季通算成績
10月6日:現地時間
| 打 数 |
安 打 |
打 点 |
本 塁 打 |
盗 塁 |
四 球 |
三 振 |
打 率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 310 | 72 | 24 | 2 | 8 | 26 | 75 | .232 |
東京都出身。青山学院大では東都大学リーグ三冠王、通算24本のリーグ新記録を樹立し、全日本大学野球選手権でも優勝。96年のアトランタ五輪にも出場して銀メダル獲得に貢献する。同年秋にドラフト1位で福岡ダイエー(現ソフトバンク)に入団。二塁手に転向した2001年、30本塁打、97打点と素質を開花させ、44盗塁でタイトルも獲得する。2003年には打率3割4分、27本塁打、109打点で日本シリーズ制覇の原動力となった。2004年オフ、かねてからの希望であるメジャーリーグ入りを目指してダイエーを自由契約となり、ホワイトソックスに入団した。2番打者として強力打線における「つなぎ役」を務めながら、15本塁打、71打点とパワーの片りんも見せると、守備でもスーパープレーを再三演じ、ワールドシリーズでは日本人野手として初めてチャンピオンリングを手にする栄誉に浴した。2年目も打率2割8分1厘、ア・リーグの二塁手として最多の18本塁打と前年を上回る数字を残したが、チームが優勝戦線から離脱した昨年7月27日に、正二塁手チェイス・アトリーを故障で欠いたフィリーズに請われる形で移籍。見事に期待に応えて穴を埋めると、アトリー復帰後も代打の切り札として活躍し、93年以来の地区優勝に貢献した。シーズン終了後にFAとなると、レギュラー復帰を目指してパドレスと1年契約。9月初めに戦力外となったが、直後にフィリーズ復帰を果たし、再びチームのポストシーズン進出のために戦うことになった。
年度別成績
| 年 | 所 属 | 試 合 | 打 数 | 安 打 | 本塁打 | 打 点 | 盗 塁 | 打 率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1997 | 福岡ダイエー | 76 | 217 | 44 | 8 | 23 | 3 | .203 |
| 1998 | 福岡ダイエー | 135 | 421 | 93 | 21 | 66 | 12 | .221 |
| 1999 | 福岡ダイエー | 116 | 370 | 83 | 14 | 47 | 14 | .224 |
| 2000 | 福岡ダイエー | 54 | 162 | 40 | 7 | 23 | 5 | .247 |
| 2001 | 福岡ダイエー | 140 | 552 | 144 | 30 | 97 | 44 | .261 |
| 2002 | 福岡ダイエー | 114 | 428 | 111 | 18 | 53 | 21 | .259 |
| 2003 | 福岡ダイエー | 135 | 515 | 175 | 27 | 109 | 42 | .340 |
| 2004 | 福岡ダイエー | 124 | 510 | 170 | 24 | 89 | 18 | .333 |
| 日本通算 | 894 | 3175 | 860 | 149 | 507 | 159 | .271 | |
| 2005 | ホワイトソックス | 135 | 511 | 142 | 15 | 71 | 15 | .278 |
| 2006 | ホワイトソックス | 138 | 555 | 156 | 18 | 67 | 11 | .281 |
| 2007 | ホワイトソックス | 90 | 327 | 82 | 6 | 31 | 8 | .251 |
| 2007 | フィリーズ | 45 | 138 | 42 | 3 | 12 | 6 | .304 |
| メジャー通算 | 408 | 1531 | 422 | 42 | 181 | 40 | .276 | |
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