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ラグビー 菊地紀満コラム「ニューフェイス」

【大西将太郎/ヤマハ発動機】ワールドの顔がヤマハへ移籍。代表に復帰し、充実の一途

(C)スポーツエンターテイメントアソシエイツ

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大西将太郎 ヤマハ発動機ジュビロ/スタンドオフ・センター
1978年11月18日生(27歳) 180cm/80kg

大西将太郎に「New Face」として、このコラムにご登場いただくことに違和感を覚える方もいらっしゃるだろう。が、同志社大学を卒業して以来5年間、ワールドの顔としてチームを引っ張る存在であり続けた大西が、新天地をヤマハ発動機に求め、素晴らしいパフォーマンスを披露している。改めて「ヤマハの大西」としてご紹介したい。

ラグビー界のエリートコースを歩み続けてきた大西のキャリアを振り返っておこう。大西が生まれたのは、「ラグビーの町」として名高い東大阪。生家のすぐそばに聖地・花園ラグビー場がある。小学校3年生のとき、布施ラグビースクールでラグビーを始め、中学からいまや戦後の高校ラグビー史上で最強と謳われる啓光学園に進んだ。すでに非凡な才能を示していた大西であったが、その名が広く知られるようになったのは高校時代。3年時にはスコットランドに遠征した高校日本代表に選出された。この年の高校日本代表は、ヤマハ発動機のチームメイトである木曽、熊谷(NEC)などキラ星のごとき才能を持つ、現在の日本ラグビーを引っ張る選手だちが集っていた。このスコットランド遠征も全勝で終えるという快挙を果たしている。そんな猛者が揃ったチームで、大西はその実力とリーダーシップを買われ、主将を務めたのだった。

憧れの花園ラグビー場での全国高校ラグビー大会では残念ながら準優勝に終わったが、同志社大学に進学後もスタンドオフとしてレギュラーポジションを獲得。4年時には主将を務め、日本代表にも選ばれるなど、順調にキャリアを積み重ねていった。
だが、不動と思われた日本代表スタンドオフのポジションで、2001年を最後に4年間、大西の選出はなかった。アンドリュー・ミラー(当時神戸製鋼)という世界でも屈指の名手の存在もあった。大西の実力に陰りが見えていたわけではなく、たまたまチーム戦略や編成上の問題であったと思われる。
事実、ワールドでの5年間を通じ、ほぼフルタイムで全試合に出場。仕掛けと展開のキーポジションであるインサイドセンターで、チームに芯を通し続けてきた。ワールドだけでなく、トップリーグを代表するプレーヤーであったのは間違いない。どちらかといえばディフェンス中心のチームであったワールドで、そのアタックセンスが光る場面は多くなかったが、今春、見事日本代表への返り咲きを果たした。

誰もが驚いたヤマハ発動機への移籍だが、夏合宿で関係者の声を聞くと、「大人のプレーヤー。若手のいい手本」「安心して見ていられる」など、その心身両面での充実ぶりを称えるものが多かった。同期の木曽キャプテンとともに、ヤマハ発動機でもチームの牽引車となっているのだろう。第3節でコカ・コーラウエストに敗れ、まだ波に乗り切れていないヤマハ発動機だが、上位進出に向けて大西に寄せられる期待は小さくない。トップリーグで結果を残し、11月のワールドカップ最終予選での活躍を待ち望んでいる。

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第4節 スケジュール・結果

10/10(金) 19:30 @ 秩父宮

10/11(土) 12:00 @ 熊谷

10/11(土) 12:00 @西京極

10/11(土) 14:00 @ 熊谷

10/11(土) 14:00 @西京極

10/13(月) 12:00 @ 秩父宮

10/13(月) 14:00 @ 秩父宮

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